きっかけは、
急上昇ワードに
「池田元久」が
ランクインしていたということです。
池田元久が何をやっているのかも
知りませんでした。
※恥ずかしながら全ての議員を暗記しておりません
しかし、
Googleの検索窓に
「池田元久」と入れると
suggestionで
「池田元久 逃げた」
「池田元久 トンズラ」
と出てくるので気になって調べてみました。
まず、私が事実と認識している事象ですが
以前に東京電力福島第1原発事故で
現地対策本部長であるはずの池田元久が
体調不良で不在のまま10日近く経過し、
しかもその事実を政府が公表せず
衆院復興特別委員会で明らかになり
批判された。という話があります。
そして今日聞いたのが
森まさこ議員が
「私が予算委員会(6月3日)で指摘しましたように、
(中略)10キロの地点に子供たちがいたんです。
(中略)現地にそのときにいたのは池田元久副大臣。
池田元久副大臣が先に逃げたことを知っています。
ここに子供たちを置き去りにして、
それよりも遠くの60キロ地点まで逃げ出しました。」
と指摘したとのこと
これに対する池田元久の反論が
3月14日夜、原子炉の状況が深刻になったことから、
本部と協議し、本部の判断で(福島市に)
移転することになりました。
住民はその時点ですでに
(第1原発から20キロ圏外の)避難区域外へ
避難が完了しているとはいえ
(中略)翌日午前中、区域内を捜索しました
重症のお年寄り96人が居ることが判明し、
直ちに自衛隊車で区域外に移動してもらいました。
この状況を見届けた上、15日正午に現地対策本部の各班が
車列を組んで福島県庁へ出発しました。
『私が先に逃げた』とは何を根拠にいうのでしょうか。
※立派な反論です、さてここでこんな情報が
20キロ圏内の浪江町で、酪農を営んでいた男性(43)。
「池田元久が『住民の避難が完了していた』というのはおかしい。
15日の時点で、浪江町では国からも県からも
何の連絡もないまま、私が見ただけで
子供も含む50人以上の町民が取り残されていた。
南相馬市の小高区でも、ほとんどの住民が
残っていたことを確認しています。
20キロ圏内すべての住民の避難を見届けたなど、あり得ない」
同じく、浪江町内の地域センターで
避難者の世話をしていた消防団員の男性(45)
「当時1000人ほどの町民が避難していましたが、
二本松市への移動が完了したのは16日の話。
その間、携帯もつながらず、
国も県も何の手助けもしてくれなかった。
15日正午の時点でも、400-500人は残っていた。
池田氏の主張には無理がある」
要点をまとめます
・森まさこ「池田元久は町民を置いて逃げた」
・池田元久「私は町民を先に逃がした」
・町民1「池田元久は町民を置いて逃げた」
・町民2「池田元久は町民を置いて逃げた」
これは簡単な推理ですね。
ちなみに上記の町民インタビューはフジの取材、
フジは池田元久にこの事実を突きつけたが
ノーコメントを貫いている。
彼が震災直後に、逃げた逃げない真実がどうあれ
その後の5月頃に体調不良で消えてて
国民になにも伝えなかったのは事実だけどね。
(この情報で誰が悪いか納得してくれた方は
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